史実や足跡をつき合せると、接点がない2人がほぼ同一人物に見えてくるという屁理屈遊び。今週後編が放送されるので(毎週木曜23:30〜 東京MX)楽しみでたまらない。
こういう素晴らしい(バカバカしいともいう)妄想を見たら、かつて自分もぶち上げた「小沢一郎=長州力説」(反響約7名)を改めて整理したくなった。以下。
小沢一郎と長州力。
●まず(ここが大事だが)、顔が似ている。怖い。
●小沢は「剛腕」、長州もリキラリアットができるくらい剛腕。
どうだこのゆるゆるのスタート。仕切りなおす。
【名勝負数え唄】
長州のライバルは藤波辰爾だが、小沢のライバルは橋本龍太郎だった。ドラゴンつながり。
【団体分裂】
小沢は、昭和のエース角栄が率いる田中派(木曜クラブ)に所属し、エリートとして育てられる。しかし田中派を割って出て「経世会」を結成。遂には自民党を飛び出し新生党を旗揚げ。
長州は、昭和のエース猪木が率いる新日本プロレス(金曜8時)に所属し、エリートとして育てられる。しかし「かませ犬」発言で本隊を割って出て「維新軍団」を結成。遂には新日本を飛び出しジャパンプロを旗揚げ。
この後、小沢も長州も新党(団体)を作る繰り返し。
【著書】
小沢は「日本改造計画」。新自由主義を高らかに謳った内容だった。
長州は「力しか信じない」という本を出した。力しか信じない新自由主義の香り。
【革命】
小沢は1993年、自らが中心となり「非自民」の細川連立政権をつくる。自民党を下野させる歴史的政治工作。
長州は自らが中心となり、「非猪木・馬場」の「俺たちの時代」を呼びかける。1985年の夏からこの動きをはじめ、1987年には藤波・前田らと共闘、巨大な壁であった猪木・馬場時代の終わりを告げた。
【顔面襲撃事件】
長州が画策した世代闘争は各自の野心の前にすぐに壊れた。そして1987年年11月、長州はタッグマッチ中、前田に後ろから顔面を蹴られる。プロレス界に戦慄が走った。いわゆる「顔面襲撃事件」。
一方、小沢が作り上げた細川連立政権もすぐに壊れた。そして2000年の衆院選、当時の自由党のCMで小沢が顔面を殴られた。永田町に戦慄が走った。いわゆる「顔面襲撃事件」。
【選挙&ドーム興行】
小沢・長州ともマスコミ嫌いで「地下に潜って」活動することを得意とする。それがなおのこと「幻想」を生む。小沢は政局を確実にものにし、「集票マシン」となる。
選挙をドーム興行に例えるなら長州も強い。
UWFインターや、果ては客を入れるためなら大仁田やインディー団体との抗争も仕掛け、確実に「政局」にし、集客のため前座で「ストロングマシン」も使う。
【傀儡】
非自民連立政権で小沢に担ぎ上げられた細川氏は驚いたらしいが、長州も本人が知らないところで藤波を新日本プロレスの社長に仕立て上げた実績がある。このときの藤波の社長就任の第一声、「寝耳に水」発言は不滅の名言。
【大一番にあっさり負ける・負けてみせる】
これも小沢・長州の共通キャラ。1991年の都知事選、磯村氏を担ぎ上げて敗北した小沢はあっさりと自民党幹事長を辞任。後年、民主党党首の声がかかるも年金問題であっさり辞退した例も。今回西松建設の件でも「あと一歩」まできて辞任。
長州もドーム大会などの大一番であっさり負けることがよくある。これは恐らく、現場監督として自らの負けすらサプライズや駒として使う「プロデューサー思考」のためであろう。
小沢もトップにあまり拘らないのはそれと同じ感覚があるのだと思われる。
【チルドレン】
小沢の言うことしか聞かない「小沢チルドレン」の功罪がよく言われるが、長州もアマレスの後輩である馳浩を道場や現場のコーチに置き、その結果チルドレンたちが生まれた。
これはアマレスの逸材が新日本に入ってくるメリットがあったが、「馳浩コーチ以前以後」で新日本プロレスの原風景が全く変化したこともあり(明るく健全な平成プロレス)、昭和の新日本ファンからはその功罪が言わることも。
【政治資金問題】
西松建設の「ダミー団体」の政治資金問題で小沢はつまずいたが、長州も「WJ」という団体を立ち上げるも、史上に残る滅茶苦茶なカネ使いの荒さで団体消滅。まさに「ダミー団体」だった。
【未来予測】
現在、長州は「リキプロ」というちっちゃなグループを持ちつつ、新日本プロレスに復帰している。
今後の政界再編を長州の行動で占うなら、小沢一郎は政党未満のちっちゃなグループを従えて新日本、いや、自民党に復帰する(連立も含む)と読む。
楽しんでいただけましたか。どうもありがとうございました。
☆「プッツンとはなにか 〜小沢一郎と長州力論〜」(2007.12.15 )
http://orenobaka.jugem.jp/?eid=558


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