すごい番組を見た。 「アメトーーク!」の“思いついたコトすぐ言いたい芸人”という企画。
“思いついたコト〜”とは、何か言葉が出たらそれに関することを適当につなげていくもの。これ、芸人がよくやる遊び。そんなので番組一本作ってしまうのだからすごい。
この遊びは楽屋で緊張をそれとなくほぐすために使用されてる場合が多い。自然発生的に始まる。たまに、テンションが高かったりメンバー次第では、そのまま打ち上げ等で行われる場合もある。
宮迫さんもこの遊びを「ガス抜きで、あえてキャッキャやる」のが目的だとさり気なく説明していた。
ほっとけば永遠に続くが、大抵は近くにいる目上の人や先輩が「いいかげん、もうやめろ」とツッコんで終了する。
番組でも、見ていて「そろそろ」という気配時に「いい加減にせぇよ」と司会がストップし、セット裏で説教する場面をつくって視聴者に一息入れさせていた。絶妙すぎる構成。
この遊びはもっと深い意味もある。芸人て実は社交的でない人が多い。そんな人たちが集まる場でのコミニュケーションツールとして、この「ぶっきらぼうな」遊びは非常に有効なんだと思う。例えば今回の出演者を見てほしい。
友近&バッファロー吾郎&FUJIWARA藤本&ザ・プラン9 なだぎ武。(敬称・略)
強肩揃いだが、「陰」か「陽」でいうなら「陰」のタイプが多い。そんな人たちが手っ取り早くコミュニュケーションするのにこの遊びは楽なのだ。自身の無駄な知識も存分に使えるし。
そう思いながら見ていたらアンタッチャブルも参戦。途中から登場、という色分けには当然意味がある。アンタッチャブルは明らかに「陽」だからだ。もっと言うなら、アンタッチャブルはこの遊びを武器にすることで自らを「陽」のキャラに仕立て上げた2人だと思う。
登場するや「山崎の芸能界の生活はこれ(この遊び)ですからね」と相方の柴田さんがコメントして笑いをとっていたが、あながちウソではないと思う。いや、事実に近いのではないか。
私は山崎さんの芸は「幇間」に近いと思う。座持ちの良さをいかに演出できるか、気持ちの良い“合いの手”をいかに入れられるか、それでいてうまさを感じさせず軽い感じでいられるか、現代の幇間芸を得とくしてる人だと思う。ただのガヤではない。
「思いついたコト」遊びを積極的に展開し、結果「陽性」を獲得し社交キャラへ。
もう一度言うがあの遊びは本来、社交が苦手な人のためのツールであることを考えるとこの「反転」は感慨深い。アンタッチャブルだけが別枠で登場の狙いもわかる。ひと組だけ遊びの意味が違っているからだ。
そして、次週が「人見知り芸人」というのも何か見事なつながりを感じてしまうのだ。
「アメトーーク!」という番組の余裕も感じた。この番組は視聴者を「業界の事情をわかる人として扱う」という前提で平然と進行する。
例えば「芸人が芸人をドラフトする(トーク番組で自分が使うとして)」という企画なんかそうだ。視聴者も「こっち側」にカウントされてることで気分がいいし、ましてやその内容を面白いと思えると嬉しい。
そんな視聴者の心を見透かしているからこそ、今回のような企画が万が一通じない場合「あ、コレはわかんなかったの?あー、そうなんだ」という言い訳でアリなのだ。ある種の挑発でもある。お前ならこっち側の面白さをわかると思ったんだけどな、という。
かくいう私もわかったようなことを書いている時点で完全に「アメトーーク!」の術中にまんまとはめられているのである。
思いついたコト書いてみた。
“思いついたコト〜”とは、何か言葉が出たらそれに関することを適当につなげていくもの。これ、芸人がよくやる遊び。そんなので番組一本作ってしまうのだからすごい。
この遊びは楽屋で緊張をそれとなくほぐすために使用されてる場合が多い。自然発生的に始まる。たまに、テンションが高かったりメンバー次第では、そのまま打ち上げ等で行われる場合もある。
宮迫さんもこの遊びを「ガス抜きで、あえてキャッキャやる」のが目的だとさり気なく説明していた。
ほっとけば永遠に続くが、大抵は近くにいる目上の人や先輩が「いいかげん、もうやめろ」とツッコんで終了する。
番組でも、見ていて「そろそろ」という気配時に「いい加減にせぇよ」と司会がストップし、セット裏で説教する場面をつくって視聴者に一息入れさせていた。絶妙すぎる構成。
この遊びはもっと深い意味もある。芸人て実は社交的でない人が多い。そんな人たちが集まる場でのコミニュケーションツールとして、この「ぶっきらぼうな」遊びは非常に有効なんだと思う。例えば今回の出演者を見てほしい。
友近&バッファロー吾郎&FUJIWARA藤本&ザ・プラン9 なだぎ武。(敬称・略)
強肩揃いだが、「陰」か「陽」でいうなら「陰」のタイプが多い。そんな人たちが手っ取り早くコミュニュケーションするのにこの遊びは楽なのだ。自身の無駄な知識も存分に使えるし。
そう思いながら見ていたらアンタッチャブルも参戦。途中から登場、という色分けには当然意味がある。アンタッチャブルは明らかに「陽」だからだ。もっと言うなら、アンタッチャブルはこの遊びを武器にすることで自らを「陽」のキャラに仕立て上げた2人だと思う。
登場するや「山崎の芸能界の生活はこれ(この遊び)ですからね」と相方の柴田さんがコメントして笑いをとっていたが、あながちウソではないと思う。いや、事実に近いのではないか。
私は山崎さんの芸は「幇間」に近いと思う。座持ちの良さをいかに演出できるか、気持ちの良い“合いの手”をいかに入れられるか、それでいてうまさを感じさせず軽い感じでいられるか、現代の幇間芸を得とくしてる人だと思う。ただのガヤではない。
「思いついたコト」遊びを積極的に展開し、結果「陽性」を獲得し社交キャラへ。
もう一度言うがあの遊びは本来、社交が苦手な人のためのツールであることを考えるとこの「反転」は感慨深い。アンタッチャブルだけが別枠で登場の狙いもわかる。ひと組だけ遊びの意味が違っているからだ。
そして、次週が「人見知り芸人」というのも何か見事なつながりを感じてしまうのだ。
「アメトーーク!」という番組の余裕も感じた。この番組は視聴者を「業界の事情をわかる人として扱う」という前提で平然と進行する。
例えば「芸人が芸人をドラフトする(トーク番組で自分が使うとして)」という企画なんかそうだ。視聴者も「こっち側」にカウントされてることで気分がいいし、ましてやその内容を面白いと思えると嬉しい。
そんな視聴者の心を見透かしているからこそ、今回のような企画が万が一通じない場合「あ、コレはわかんなかったの?あー、そうなんだ」という言い訳でアリなのだ。ある種の挑発でもある。お前ならこっち側の面白さをわかると思ったんだけどな、という。
かくいう私もわかったようなことを書いている時点で完全に「アメトーーク!」の術中にまんまとはめられているのである。
思いついたコト書いてみた。


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